女性が知らない男の怠惰。

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大半の男の頭の中はこんなです。

普通の人が、こう言う。

「昨日は、電車で買い物に行って、映画を観て、スタバへ寄って帰ってきた」

 

自分にだってできる。当たり前です。

けれど、内側では、脳と気持ちを掻き乱すことが自分に起きているのです。

そう、電車に乗って出発してから、家に帰るまで、目にした女性への妄想・欲求が止まらないのです。襲い掛かりたいとか、そういう衝動ではなく、ただただ性的な妄想が浮かんでは自分を苦しめるのです。

電車に乗り、いや、電車に乗る前から、よい香りのする女性とすれ違ってしまっていたら、妄想の渦の中へズブズブと吸い込まれてしまうのです。電車に乗っても、前に座った女性の唇、瞳、足に光るストッキングを見ては、止まらない想像が広がってゆく。

街へ降りてからも、目に付くのは女性ばかり。

百貨店など入ろうものなら、香水や化粧品の香りにクラクラしてしまい、その間、ずっと、猛って涎を垂らしているモノが目立たないようにと努めるのです。

何度、トイレへ駆け込んだことか。自慰に救いを求めるしかなかったです。

”普通の人の欲求とは違う。もちろん歯止めは効きます。

しかし、その興奮状態をずっと味わっていたい、と考えてしまうのです。もしくは、うまく切り替えられません。

 

 

17歳までは、そんなモヤモヤは感じたことがなかった。

18歳と少し経ってから、明らかに女性の体が、追及したい快楽・自分を充たしてくれる象徴になってしまった。

童貞を喪失するのが遅かったせいか、女性への空想・妄想・虚像を拝む感覚は未だ消えず、特別な聖なる存在なのです。男は、たとえ童貞を失って女性経験を重ねても、10代の頃に形成された、女性から感じる虚像を死ぬまで持ち続けるのではないかと思います。

 

朝、家を出てから帰ってくるまで、男性ばかりの街がいい。もし、それでも女性がいるのだったら、ジャージかなにか、性的な色を打ち消す姿でいてほしいと、未だ真剣に考えています。

 

(余談ですが、AV監督 カンパニー松尾さんの自伝的なインタビュー記事でも、同じようなことを読んだことがあります。童貞期間が長かったことが、作品や監督の作風に影響しているという記事でした)

 

普通に、買い物をして映画を観てスタバへ行って普通の状態で帰ってくる、というのをやってみたい。あー楽しかった、と言ってみたい。

 

ここに書いたことは、

本当に、悩みがあってつらい思いをしている人の前では、堂々と言えないのですが・・・これが原因で、あんまり外に出て、自分を掻き乱したくないと思ってしまうのも、自分の真実なのです。

 

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